勝軍木? 柳沢堯山茶会 ぬるであんって?茶会に行った記録2016.10.22.

城 お茶に親しむ

2016年は江戸時代中期~後期の大名 柳沢堯山(1753-1817)の200回忌だとのことで、それに因んだ茶会にいってきました。

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柳沢堯山ってだれ

堯山ってダレよ?って感じかもしれませんが、松平不昧と親交があった人で、茶人としても実は有名だそうです。

松平不昧は茶道具の名物を収集し、記録も多数残しているのでご存知の方もたくさんいると思います。

柳沢堯山は雅号で本名は柳沢保光。奈良の郡山藩主でした。

東京の駒込にある六義園を作ったとして有名な柳沢吉保は先祖様にあたります。

柳沢堯山は赤膚焼を創らせた人

堯山は赤膚焼を始めさせた(復興という説も)としても名を残しています。

赤膚焼の始まりには諸説あるようですが、堯山が作らせたというのが本当のところなんじゃないかなと思います。

赤膚焼で有名な人としては奥田木白という名工がいますが、木白は堯山よりもすこし後の人ですね。

いまでも木白の作品は茶会でも見ることがありあますので、見かけたらよく観察してみてください。

今回は気軽な茶会なのにギュウギュウではなく、ゆったりと茶席の雰囲気を味わう事ができました。

道具に詳しいお席主が時代背景や道具の特徴など、沢山の事を説明して頂けるので非常にわかりやすく面白い茶会でした。

薄茶だけの席でしたが、茶道具がたくさん飾られている展観席もありましたので、時代物の道具をたくさん見て、なおかつ触れることができました!

茶道具好きや骨董好きにはたまらないですね。

正客にでもならなければ江戸時代に作られた道具を手に取ってお茶を飲ませてもらえる機会はなかなかありませんので、手に触れられるのはとても貴重な機会です。

正客に座るのはちょっと気が引けますのでね。

勝軍木庵光英(ぬるであん)

見られて嬉しかったのは何といっても初代勝軍木庵光英(1802~1871)の棗。

ネットでは名前は「みつひで」も「こうえい」もどっちもありました。が、茶会では「こうえい」っていってましたね。

よく聞くところでは不昧の蒔絵師とか、、、?

堯山は松平不昧と交友があったということで出されたのだと思います。

ハッキリ言って初代勝軍木庵は伝説的な蒔絵師で、私のような一介の貧乏茶人にはめったにお目にかかれるものではありません。

ましてや手に触れられることなどまずありません。

蒔絵や漆、木地がとても素晴らしいような気がしました(良さがちゃんと解るほど目利きではありませんが)。

不昧と関係のある蒔絵師と聞きますが、不昧は1818年没ですね。こ、これは。。。

初代勝軍木庵が16歳のときに不昧が亡くなっているので、不昧の職方というのはなんだか怪しげな感じがしました。

少し調べてみたら、実際には不昧の孫の松平斉貴から勝軍木庵の名前を貰ったようです

伝承というのはけっこういい加減なものですので、そういうこともありますよね(汗)

しかしこういう貴重なモノが見られて、洋服でも気軽に参加でき、且つ良いものが見られる茶会がもっとあればいいなと思います。

ちょっと欲張りすぎですかね。

良い道具を見せてくれる茶会たくさん行ってみたい!(安く)

時代モノの茶道具は面白い

今回のお茶会は薄茶の席だといっても、時代物の茶道具をたくさん見ることができました。

しかも茶席の外でも展観席があって、手にとっていくらでも見ることができるのですからムチャクチャ勉強になりました。

道具は見れば見るほど詳しくなると思います。もちろん見ただけでは詳しくなりませんので、見たら調べます。

分からないことはお茶に関する辞書を引くのがイイですね。

私的なオススメは角川から出している

角川茶道大事典

執筆者の名前も載っていて、読んでておもしろいです。

茶道に詳しくなるためには辞書は絶対に必要です。茶道関係の辞書だけでも私は7冊以上もってます。

さて、お茶をやっていると今回の様によく巷で言われている事が実は違ったりするんじゃないか?ってこともしばしばあります。

自分で調べてそれを「ぁあ~、そうなのか!」

って見つけたりすると、それもまた興味深いものだなと思ったりしますね。

出て来る用語はマニアックな物が多いですので、わからない事があった時は辞典を調べてみるのがオススメです。

思わぬことを知れたりしますから。

お茶会ってのは数百年前の茶道具にもふつうに触ることができるというのが特別ですよね。

もっといろんな茶会に行ってみたいものです。

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